内部統制報告制度(J-SOX)2023年改訂と上場準備企業の対応

財務報告に係る内部統制の評価・監査の基準(いわゆるJ-SOX)は、2023年4月に2007年の策定以来となる大幅な改訂を受け、2024年4月1日以後開始事業年度から適用されています。一方で「開示すべき重要な不備」を報告する上場会社は減っておらず、2025年12月には東京証券取引所が新規上場時の会計不正事例を踏まえた審査強化を公表しました。本レポートでは、金融庁・日本取引所グループ・日本公認会計士協会の一次資料をもとに、上場準備企業と上場後3年以内の企業が押さえるべき論点を整理します。
要点
- 2023年改訂は「売上高のおおむね3分の2」「売上・売掛金・棚卸資産の3勘定」といった数値基準の機械的適用を否定し、評価範囲の判断事由を内部統制報告書に記載することを求めた。改訂の引き金は、訂正内部統制報告書のうち2〜3割程度で不備が経営者の評価範囲外から見つかっていたという金融庁の実態把握
- 「開示すべき重要な不備」を報告した会社は2024年度58社(2012年度以降で最多)、2025年度41社。2025年度はグロース市場の構成比が15.5%から29.2%へ上昇し、41社中15社が人材不足・知識不足を原因に挙げている(東京商工リサーチ集計)
- 新規上場企業が選択できる「上場後3年間の内部統制監査免除」は監査証明の免除であって、内部統制報告書の提出義務はなくならない。2025年12月の取引所の対応により、上場審査の段階で内部通報体制や実質的な取引先の確認が求められるようになった
1. 15年ぶりの基準改訂は何を変えたか
企業会計審議会は2023年4月7日、「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに実施基準の改訂について(意見書)」を公表しました。適用は2024年4月1日以後開始する事業年度からです。改訂の柱は3つに整理できます。
| 区分 | 主な改訂内容 |
|---|---|
| 内部統制の基本的枠組み | 目的の一つを「財務報告の信頼性」から「報告の信頼性」に拡張(ただし金商法上の制度対象は財務報告のまま)。リスク評価で不正リスクを考慮することを明示。IT委託業務に係る統制の重要性と、クラウド・リモートアクセス等を前提としたセキュリティ確保を明記 |
| 経営者による評価・報告 | 「売上高等のおおむね3分の2」「3勘定」を機械的に適用すべきでないと明記。評価範囲の決定にあたり監査人と協議することが適切。重要な事業拠点の選定に用いた指標とその判断事由を内部統制報告書に記載。前年度に重要な不備を報告した場合はその是正状況を付記 |
| 内部統制監査 | 監査人が財務諸表監査の過程で評価範囲外から不備を識別した場合、評価範囲への影響を考慮し経営者と協議することが適切 |
改訂の背景には、金融庁が2022年10月に示した実態把握があります。開示すべき重要な不備が認識された訂正内部統制報告書のうち、不備が経営者の評価範囲外から認識されたものが2〜3割程度あった(大手監査法人へのヒアリングをもとに金融庁が作成)というものです。数値基準に沿って評価範囲を狭く取ることが、不備の見落としにつながっていたと読めます。
なお、意見書は「組織に新たなITシステムの導入を要求したり、既存のITシステムの更新を強いるものではない」とも明記しており、クラウド前提の会社に追加投資を迫る趣旨ではありません。
2. 不備は減っていない。グロース市場の構成比が上昇
東京商工リサーチの集計によれば、「開示すべき重要な不備」を内部統制報告書で報告した上場会社は次のとおり推移しています(年度は4月〜翌3月)。
| 年度 | 社数 | 備考 |
|---|---|---|
| 2021年度 | 41社 | — |
| 2023年度 | 57社 | — |
| 2024年度 | 58社 | 2012年度以降で最多 |
| 2025年度 | 41社 | 2021年度と並び3番目に多い |
2025年度の内訳を見ると、決算・財務報告プロセスの不備が21件(50.0%)と半数を占め、全社的な内部統制の不備が19件と続きます。市場別ではプライム11社(26.8%)、スタンダード18社(43.9%)、グロース12社(29.2%)で、グロース市場の構成比は前年度の15.5%からほぼ倍増しました。41社中15社が「関連部門の人材不足または担当者の知識不足」を原因に挙げています。
補助線として、日本公認会計士協会が集計する上場会社等の会計不正の公表社数は、2021年3月期の26社から2025年3月期の56社へ年々増加しています。両者は集計対象(内部統制の不備と会計不正)が異なりますが、財務報告の信頼性を巡る環境が厳しくなっている方向は一致しています。
3. 「上場後3年間は監査免除」の正しい読み方
新規上場企業には、内部統制報告書について上場後3年間、監査証明を免除する選択肢があります(金融商品取引法第193条の2第2項第4号)。2014年の制度見直しで導入されたもので、「新規上場を躊躇させる要因の一つとして内部統制報告書に係る負担が重い」との指摘と、「新規上場企業は上場前に取引所から厳格な上場審査を受けている」ことが趣旨とされています。
押さえるべき点は3つです。
| 論点 | 内容 |
|---|---|
| 免除されるのは監査証明だけ | 内部統制報告書そのものは提出しなければならない。経営者による評価と報告は上場初年度から必要 |
| 対象要件 | 資本金100億円未満かつ負債総額1,000億円未満の新規上場会社。上場日の属する事業年度の直前事業年度末で判定 |
| 任意適用 | 免除を選ばず監査証明を受けることもできる。EY新日本の解説によれば、一度監査証明を受けると再度の免除は受けられない |
日本公認会計士協会のIPO事前準備ガイドブックは「内部統制報告書自体は提出しなければなりませんので、上場準備期間中に内部管理体制の整備と運用の水準を向上させることが必要です」と明記しています。免除の存在を「上場後に整備すればよい」と読み替えると、第2章で示したグロース市場の不備増加に自社も加わることになります。
4. 取引所が動いた。2025年12月のIPO審査強化
東京証券取引所と日本取引所自主規制法人は2025年12月12日、「新規上場時の会計不正事例を踏まえた取引所の対応について」を公表しました。主幹事証券6社・監査法人5法人が参加するIPO連携会議(2025年1月設置)での議論を取りまとめたもので、上場準備企業に直接影響する内容が含まれます。
| 対応 | 上場準備企業にとっての意味 |
|---|---|
| 不正リスクに応じた上場審査 | 代理店の利用比率が高いビジネスモデルでは、実質的な仕入先・販売先の状況を確認。上場申請書類に主要な実質的仕入先・販売先の会社概要の記載項目を追加 |
| 監査法人・主幹事の交代経緯の確認 | 上場準備期間中に監査法人が交代している場合、前任者に交代の経緯を確認する。主幹事証券や主要担当者の交代も同様 |
| 内部通報体制の審査 | 経営陣から独立した通報窓口、通報者の秘匿と不利益取扱禁止のルール、不正実行者に通報内容が伝わらない工夫の整備状況を確認 |
| 経営者への啓発と社外役員ヒアリング | 社外取締役・監査役への上場審査時ヒアリングで、不正防止体制の整備・運用状況の評価を確認。役員の就任経緯も確認 |
| 審査体制の拡充 | 上場審査研修の充実、AI活用による不正リスク分析、不正リスクに応じた標準審査期間の弾力的運用 |
同資料は「スタートアップ育成の観点も踏まえ、上場準備会社の過度な負担を回避するため、不正リスクに応じたメリハリのある対応となるよう留意する」とも述べています。一律の負担増ではなく、リスクの高いビジネスモデルや経緯に審査資源を集中させる方針です。
あわせて日本取引所自主規制法人は2026年1月、「内部統制強化・不祥事予防に向けたハンドブック」(125ページ)を公表しました。不祥事の原因を14類型に整理し、「業務プロセス上の不備はほぼすべての不祥事事案において原因として指摘されています」と述べています。上場準備での自己点検の枠組みとして使えます。
5. クラウド前提のIT全般統制をどう設計するか
改訂実施基準は、情報システムの開発・運用・保守を外部に委託する場合について「委託業務に関しては、委託者が責任を有しており、委託業務に係る内部統制についても評価の範囲に含まれる」と明記しています。クラウド会計やSaaSを前提にする会社は、次の2つの評価手法のいずれかを取ることになります。
| 手法 | 内容 |
|---|---|
| サンプリングによる検証 | 委託業務結果の報告書と基礎資料の整合性を検証する、または一部の項目を社内で実施して検証する |
| 受託会社の評価結果の利用 | 受託会社から内部統制の評価結果を記載した報告書(SOC1報告書など)を入手し、自らの判断により評価の代替手段とする。経営者は当該報告書が十分な証拠を提供しているかを検討する義務を負う |
実務上の落とし穴は、SOC報告書に含まれない統制です。クラウドサービスへのアクセス権管理、バックアップ、利用企業側で実施すべき相補的統制(CUEC)は、自社のIT全般統制として整備する必要があります。また改訂基準は、ITを利用した内部統制の評価頻度について「特定の年数を機械的に適用すべきものではない」としており、更新頻度の高いクラウド環境では環境変化を踏まえた判断が求められます。
実務への示唆
- 上場準備企業は、監査免除の有無にかかわらず、N-2期(直前々期)までに上場会社と同様の管理体制の整備・運用に入ることが標準です(日本公認会計士協会ガイドブック)。内部統制報告制度対応は独立したワークストリームとして計画に組み込んでください
- 評価範囲の決定を「売上高の3分の2」で済ませず、不正リスクと重要性から判断し、その判断事由を文書に残してください。改訂後は内部統制報告書に記載する項目になっています
- 決算・財務報告プロセスの不備が全体の半数を占めています。決算チェックリスト、レビュー体制、締め日から開示までの日程を先に固めると、他の統制の設計も進めやすくなります
- 代理店比率が高い、上場準備中に監査法人が交代した、といった事情がある会社は、2025年12月の取引所の対応を前提に、取引の実態と交代の経緯を説明できる資料を早めに整えてください
- クラウドサービスごとにSOC報告書の入手可否を確認し、報告書でカバーされないアクセス権管理・バックアップを自社の統制として文書化してください
はてなベースアドバイザリーのご支援
当社は、上場準備企業の内部統制構築を、業務プロセスの文書化(フローチャート・業務記述書・RCM)から全社的内部統制の整備、決算・財務報告プロセスの設計、クラウド前提のIT全般統制、運用評価と不備対応まで実務としてご支援します。監査法人が何を見るかを踏まえて会社側の体制を組み立てる立場であり、監査法人や主幹事証券への説明資料の作成とQ&A対応も行います。詳細はサービスをご覧ください。
出典
- 企業会計審議会「財務報告に係る内部統制の評価及び監査の基準並びに財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準の改訂について(意見書)」2023年4月7日 https://www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230407/20230407.html
- 金融庁「内部統制報告制度に関するQ&A」「内部統制報告制度に関する事例集」改訂 2023年8月31日 https://www.fsa.go.jp/news/r5/sonota/20230831-2/20230831-2.html
- 金融庁 企業会計審議会内部統制部会 事務局資料「内部統制報告制度について」2022年10月13日 https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/siryou/naibu/20221013/1.pdf
- 金融庁 同 事務局参考資料 2022年10月13日 https://www.fsa.go.jp/singi/singi_kigyou/siryou/naibu/20221013/2.pdf
- 東京商工リサーチ「2025年度 内部統制報告書『開示すべき重要な不備』41社」2026年5月14日 https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1202847_1527.html
- 東京商工リサーチ「2024年度 内部統制報告書『開示すべき重要な不備』58社」2025年5月27日 https://www.tsr-net.co.jp/data/detail/1201415_1527.html
- 日本公認会計士協会 経営研究調査会研究資料第12号「上場会社等における会計不正の動向(2025年版)」2025年7月 https://jicpa.or.jp/specialized_field/20250724jqd.html
- 東京証券取引所・日本取引所自主規制法人「新規上場時の会計不正事例を踏まえた取引所の対応について」2025年12月12日 https://www.jpx.co.jp/corporate/news/press-conference/t13vrt000000civ2-att/20251212_h.pdf
- 日本取引所自主規制法人「内部統制強化・不祥事予防に向けたハンドブック」2026年1月 https://www.jpx.co.jp/regulation/listing/handbook/t13vrt000000c3nm-att/handbook_202601.pdf
- 日本公認会計士協会「株式新規上場(IPO)のための事前準備ガイドブック」2026年改訂版 https://jicpa.or.jp/news/information/IPO-Guidebook2026.pdf
- EY新日本有限責任監査法人「IPOの基礎 2025 第7章 内部統制報告制度」2025年8月27日 https://www.ey.com/ja_jp/technical/ipo/ipo-insights/basic/ipo-insights-basic-2025-07
- EY新日本有限責任監査法人「新規上場企業の内部統制報告書の監査免除」 https://www.ey.com/ja_jp/technical/ipo/ipo-insights/qa/ipo-insights-qa-08-007
本レポートは公開情報をもとにした一般的な情報提供であり、個別の会計・税務・法務上の助言ではありません。記載の数値は参照時点のものです。
本レポートは公開情報をもとにした一般的な情報提供であり、個別の会計・税務・法務上の助言ではありません。記載の数値は参照時点のものです。
-
ストックオプション制度の変化と設計論点 2023-2026
信託型SOへの給与課税、権利行使価額のセーフハーバー、2024年度改正の限度額引き上げ、2025年度改正による信託スキームの封じ込めまで。制度の変化を一次資料で追い、税務・会計・資本政策が交差する設計論点を整理しました。
-
中小M&Aは過去最高、規律は強化。財務DDの再定義
2025年の日本企業のM&Aは5,115件・35.7兆円で件数・金額とも過去最高。一方で中小M&Aガイドライン第3版は「仲介者はDDを自ら実施すべきでない」と明記し、補助金と税制はDDを実質的な要件に格上げしました。市場データ・トラブル事例・政府統計から、財務・税務デューデリジェンスの位置づけを整理します。
-
SaaS企業の上場準備で問われる会計・開示・KPIの論点
日本の会計基準に「SaaS」「サブスクリプション」の語は一度も出てきません。収益認識・ソフトウェア資産計上・KPI開示・赤字上場・内部統制の5つの論点について、企業会計基準委員会と東京証券取引所の一次資料、直近3年に上場したSaaS企業の開示から、上場準備で説明しきるべきことを整理しました。