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ストックオプション制度の変化と設計論点 2023-2026

制度・規制 読了 13分 はてなベースアドバイザリー株式会社

ストックオプション(SO)を巡る制度は、2023年から2025年にかけて大きく動きました。信託型SOへの給与所得課税、権利行使価額の算定ルールの明文化、税制適格SOの年間限度額引き上げ、そして信託を使った派生スキームの封じ込め。規制の強化と緩和が同時に進み、2026年度税制改正では税制適格SOの要件に関する改正は確認されておらず、制度はひとまず一巡したと見ることができます。本レポートでは国税庁・経済産業省・内閣府税制調査会・企業会計基準委員会の一次資料をもとに変化を整理し、スタートアップと上場準備企業がSOを設計する際に押さえるべき論点をまとめます。

要点

  • 2023年5月、国税庁は信託型SOの権利行使益を給与所得として課税する見解を示し、発行会社に源泉徴収義務があることを明確にした。同年7月には権利行使価額の算定に財産評価基本通達(純資産価額方式など)を使える特例方式が明文化され、種類株式の優先分配額を差し引いて普通株式の価額を算定できるようになった
  • 2024年度税制改正で税制適格SOの年間権利行使価額の限度額は設立5年未満で2,400万円、5年以上20年未満の非上場等で3,600万円に引き上げられた。内閣府税制調査会の効果検証では、税制適格SOを発行したスタートアップの割合が2021年度の10.9%から2024年度の16.4%へ上昇している
  • 2025年度税制改正で所得税法第67条の3が改正され、受益者指定前に信託が権利行使して株式を交付するスキームが封じられた。2025年4月1日以後に効力が生ずる信託が対象
  • 会計上、未公開企業が付与したSOは付与日の本源的価値で測定し上場後も見直さない。上場後に付与するSOは公正な評価単価(ブラック・ショールズ等)で測定する。行使価額を下げる税務上のメリットと、本源的価値がプラスになることによる株式報酬費用の発生は、トレードオフの関係にある

1. 2023年、規制強化と緩和が同時に起きた

信託型SOへの給与所得課税(2023年5月)

国税庁は2023年5月30日、「ストックオプションに対する課税(Q&A)」を公表し、信託型SOの権利行使益を給与所得として課税する見解を示しました。Q&A問3の設例では、SO購入時の株価200、権利行使時の株価800、権利行使価額200、信託の取得価額50のとき、権利行使時の経済的利益550(800 − 50 − 200)が給与所得になります。給与所得は総合課税で最高税率55.945%(所得税・復興特別所得税・住民税の合計)となり、株式譲渡益課税の20.315%との差は35.63ポイントです。

「給与課税されない」との見解は、信託が役職員にSOを付与していること、信託が有償でSOを取得していることを根拠にしていました。国税庁はこれに対し、実質的には発行会社が役職員にSOを付与しており、役職員に金銭等の負担がないことから労務の対価に当たると整理しています。発行会社には源泉徴収義務が生じます。

Coral Capitalの調査(2022年1月)によれば、2021年12月に上場した32社のうちSOを発行した30社の約27%(8社)が信託型SOを活用していました。国税庁見解の影響の大きさがうかがえます。

権利行使価額のセーフハーバー(2023年7月)

2023年7月7日の措置法通達改正で、税制適格SOの権利行使価額要件(付与契約時の1株当たり価額以上)の算定について、取引相場のない株式に限り財産評価基本通達(相続税評価)による「特例方式」を選択できることが明文化されました。国税庁Q&A問10は、従来は税制適格を否認されないよう権利行使価額を高めに設定する実務が定着し、インセンティブ効果を減殺していたと改正の趣旨を述べています。

論点 国税庁Q&Aの取扱い
特例方式の範囲 税制適格SOの権利行使価額要件に係る付与契約時の株価算定でのみ選択可。増資は売買実例として扱うが、新株予約権の発行・行使は売買実例に該当しない
種類株式がある場合 優先株式の優先分配額を差し引いて普通株式の1株当たり価額を算定する。設例では純資産200万円・優先分配150万円・普通株式1,000株・優先株式1,000株(参加型)で、(2,000,000 − 1,500,000)÷ 2,000株 = 250円
優先倍率が1.0倍超 1.5倍・2.0倍でも、その優先分配額を差し引く
J-KISS型新株予約権 残余財産の優先分配を受けられる新株予約権は、優先株式として取り扱って差し支えない
純資産価額の基準日 原則は直前期末。付与契約日が直前期末から6か月を経過し純資産が2倍超の場合や、直前期末以後に株式を発行した場合は仮決算等が必要
既発行SOの引き下げ 通達改正を踏まえて権利行使価額を引き下げても、当初の付与契約締結時の価額で判定し、要件を満たせば税制適格性を失わない

VCに優先株式を発行して純資産が増えても、普通株式の1株当たり価額は優先株式の発行前と変わらない、というのがQ&A問9の帰結です。資金調達後の行使価額設定に直接効く論点です。

2. 2024年度改正で税制適格SOは使いやすくなったか

2024年4月1日施行の改正で、税制適格SOの主要な要件が3点緩和されました。

項目 改正前 改正後
年間権利行使価額の限度額(設立5年未満) 1,200万円 2,400万円
同(設立5年以上20年未満、非上場または上場後5年未満) 1,200万円 3,600万円
同(上記以外) 1,200万円 1,200万円
株式の管理 証券会社等への保管委託が必要 譲渡制限株式について発行会社自身による管理も可。上場時は金融商品取引業者等による管理へ移行
社外高度人材の要件 国家資格+実務経験3年以上 など 国家資格保有のみ など。役員経験は上場企業3年以上から、非上場も含め1年以上へ

条文の建て付けは、限度額そのものの引き上げではなく判定式の変更です。設立5年未満は権利行使価額を2で割った額、5年以上20年未満は3で割った額が1,200万円を超えるかで判定します。

実際に効いたのかを、内閣府税制調査会に提出された経済産業省の効果検証(2025年6月)で確認できます。

年度 税制適格SOを発行したスタートアップの割合 税制適格SO以外
2021年度 10.9% 6.1%
2022年度 12.6% 4.0%
2023年度 12.6% 4.8%
2024年度(2025年2月末まで) 16.4% 4.5%

税制適格SOの発行割合は3年で5.5ポイント上昇し、非適格・有償・信託型は横ばいから微減です。社外高度人材の認定実績も、国家資格類型が2023年度の2件から2024年度の24件へ増えました。SO発行の目的として最も多いのは「優秀な人材のエンゲージメントを高める」(81.0%)、次いで「従業員の入社後の貢献に報いる」(79.9%)です。

あわせて2024年9月には産業競争力強化法の改正により、SOの権利行使価額・権利行使期間の決定を株主総会から取締役会へ委任できる「ストックオプション・プール制度」が施行され、委任決議の有効期間は会社設立後最大15年間となりました。

3. 抜け道は塞がれた。2025年度改正と信託スキームの帰結

2023年の国税庁見解を受け、受益者を指定する前に受託者が新株予約権を行使し、発行された株式を受益者に交付することで給与所得課税を回避する「株式交付型」のスキームが検討されていました。2025年度税制改正はこれを封じています。

項目 内容
改正条文 所得税法第67条の3 第1項〜第4項
施行日 2025年4月1日
取扱い 発行法人等が委託者となる受益者不存在の法人課税信託(特定法人課税信託)で、受益者が存在することとなった場合、その受益者が特定株式を時価で取得したものとみなし、時価と帳簿価額の差額を給与所得等として課税。発行会社が源泉徴収
経過措置 2025年4月1日以後に効力が生ずる特定法人課税信託が対象。2025年3月31日以前に効力が生じた信託は対象外

2025年度税制改正大綱は「信託等を利用することで本税制の要件を満たさずに同じ税優遇効果を生むスキームに対して適正化の措置を講ずる」「今後同様のスキームが創出された場合にも迅速に対応する」と明記しています。財務省の税制改正パンフレットには「ストックオプション」の語が出てこないため見落とされやすい改正です。

2026年度税制改正については、財務省のパンフレットおよび大手監査法人の解説において、税制適格SOの要件に関する改正は確認されていません。制度は2023年から3年でひとまず一巡したと見てよいでしょう。

4. 数字で見る現在地。上場企業とスタートアップの二層構造

上場企業の株式報酬

三井住友信託銀行とデロイト トーマツ コンサルティングの「役員報酬サーベイ(2025年度版)」(回答1,319社、2025年10月公表)によれば、役員向け長期インセンティブ報酬の導入率は全体で80%(1,055社)、プライム上場企業で93%です。種類別では譲渡制限付株式(RS)が37%(492社)、業績連動型株式交付信託が15%(198社)となっています。

従業員向けの長期インセンティブ報酬は導入済み31%(409社)、導入検討中24%(319社)で、合計55%は前年の48%から7ポイント上昇しました。導入済み企業のスキームは通常型SO29%、株式交付信託26%、譲渡制限付株式25%と分散しています。

スタートアップのSOプール

経済産業省「スタートアップの成長に向けたインセンティブ報酬ガイダンス」(2025年2月)は、SOの発行割合について「上場時に発行済株式総数の10%以内におさまるようにすることが通例とも言われてきた」としつつ、「近年の有力なスタートアップでは15〜20%を発行割合とするケースも増えている」と述べています。同ガイダンスに採録された上場時の潜在株式割合は、メルカリ20.9%、フリー14.9%、Chatwork 11.1%、ラクスル7.3%、Sansan 3.3%など幅があります。

プールの設定方法も論点です。従来はエグジット直前の最終的な比率を最初の優先株調達時に約束する「post-money設定」が主流でしたが、米国型のラウンドごとにプールを設定しそのラウンドの時価総額に織り込む「pre-money設定」を採用するケースが国内でも出てきています。pre-money設定では希薄化するのは既存投資家のみで、新規投資家が既存投資家に多めのプール設定を求める構造になります。

5. 設計の勘所。税務・会計・資本政策のトレードオフ

行使価額を下げることの会計コスト

2023年7月の通達改正で行使価額を低く設定できるようになりました。しかし企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」では、未公開企業は公正な評価単価に代えて付与日の本源的価値(自社株式の評価額と行使価格の差額)で会計処理できます(第13項)。行使価額を株式評価額より低くすれば本源的価値がプラスになり、株式報酬費用が損益に計上されます。経済産業省ガイダンスも「会計上の影響も考慮した上で、会社のフェーズに応じて、適切な行使価額の設定をするように留意が必要」と注意喚起しています。上場準備期の損益計画と行使価額の設定は、同時に検討する必要があります。

測定方法は付与日の企業ステータスで固定される

同基準の結論の背景(第60〜63項)は、公開直後の企業に本源的価値の継続適用を認めないと明記しています。したがって「上場を機に既存SOの測定が公正価値に切り替わる」のではなく、未公開段階で付与したSOは付与日の本源的価値で測定して上場後も見直さず、上場後に付与するSOから公正な評価単価(ブラック・ショールズ式、二項モデル等)が必要になります。上場後はボラティリティ等のパラメータの見積りが新たな論点になります。

自己都合退職条項が費用計上時期を決める

経済産業省ガイダンスが整理する適用指針第17項・第18項の区分では、勤務条件が明示されていなくても、権利行使期間の開始日が明示され、それ以前に自己都合退職した場合に権利行使できなくなる定めがあれば、権利行使期間の前日を権利確定日として費用を配分します。自己都合退職後の行使も認める設計では権利確定条件がないものとして付与日に全額費用計上になります。人事設計上の条項が会計処理を左右する構造です。

税務上は損金にならない

税制適格SOについて会計上費用計上された本源的価値は、法人税法上は損金の額に算入されません(法人税法第54条の2第2項)。会計上の費用と税務上の損金が永久に一致しない項目として、税効果の検討対象になります。

実務への示唆

  • 資金調達後にSOを付与する場合は、優先株式の優先分配額を差し引いた普通株式の価額を根拠資料とともに算定し、行使価額の下限を確認してください。行使価額をどこまで下げるかは、本源的価値がプラスになった場合の株式報酬費用と合わせて判断します
  • 2024年度改正で限度額が3,600万円まで広がった会社(設立5年以上20年未満の非上場等)は、幹部人材への付与量を見直す余地があります。年間限度額は判定式が÷2・÷3の建て付けである点に注意してください
  • 2025年3月31日以前に効力が生じた信託は経過措置の対象ですが、2023年5月の国税庁見解による給与課税は既に適用されています。既存の信託型SOは権利行使時の源泉徴収体制を確認してください
  • 上場承認後・上場後に付与するSOは公正価値評価が必要です。監査法人に説明できる評価報告書と、ボラティリティ等のパラメータの根拠を準備してください
  • 税制適格要件への当てはめ判断は税務の領域です。当社は行使価額の算定と根拠資料の作成を担い、適格性の判断ははてなベース税理士法人と連携して確認します

はてなベースアドバイザリーのご支援

当社は、資金調達・M&A・組織再編・インセンティブ設計の局面に応じた株式価値評価(DCF法・類似会社比較法・純資産法)、ストックオプションの行使価額算定と根拠資料の作成、ブラック・ショールズ式や二項モデルによる公正価値評価、RS・RSU・PSU・信託型SOを含む株式報酬制度の設計をご支援します。税務上の適格性判断ははてなベース税理士法人と連携し、会計・税務・資本政策を一体で検討します。詳細はサービスをご覧ください。

出典

  1. 国税庁「ストックオプションに対する課税(Q&A)(情報)」2023年5月30日公表、2024年11月13日最終改訂 https://www.nta.go.jp/law/joho-zeikaishaku/shotoku/shinkoku/241130/index.htm
  2. 国税庁「租税特別措置法に係る所得税の取扱いについて」の一部改正(法令解釈通達)2023年7月7日 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/shotoku/sochiho/kaisei/230707/index.htm
  3. 経済産業省「スタートアップの成長に向けたインセンティブ報酬ガイダンス」2025年2月 https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stock_option/so_guidance.pdf
  4. 経済産業省「発行会社による株式管理スキームの手引」2024年10月 https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stockoption_tebiki2410.pdf
  5. 経済産業省「ストックオプション・プール」2024年9月 https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stockoptionpool/index.html
  6. 内閣府税制調査会「スタートアップ税制の効果検証について」2025年6月18日 https://www.cao.go.jp/zei-cho/content/7ebpm5kai1.pdf
  7. 財務省「令和6年度税制改正」2024年3月 https://www.mof.go.jp/tax_policy/publication/brochure/zeisei2024_pdf/zeisei24_all.pdf
  8. 財務省「令和7年度税制改正」2025年3月 https://www.mof.go.jp/tax_policy/publication/brochure/zeisei2025_pdf/zeisei25_all.pdf
  9. 財務省「令和8年度税制改正」2026年 https://www.mof.go.jp/tax_policy/publication/brochure/zeisei2026_pdf/zeisei26_all.pdf
  10. 岩田合同法律事務所「信託型ストックオプションの課税関係」2025年6月 https://www.iwatagodo.com/publications/uploads/file/NL2506_tax.pdf
  11. 三井住友信託銀行・デロイト トーマツ コンサルティング「役員報酬サーベイ(2025年度版)」2025年10月21日 https://www.smtb.jp/-/media/tb/about/corporate/release/pdf/251021.pdf
  12. Coral Capital「平均SO率は9.3%―、最近の上場32社のストック・オプションを調べてみた」2022年1月20日 https://coralcap.co/2022/01/employee-stock-options/
  13. 企業会計基準委員会 企業会計基準第8号「ストック・オプション等に関する会計基準」2022年7月1日最終改正 https://www.asb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/4/stockop_s2_20220701.pdf

本レポートは公開情報をもとにした一般的な情報提供であり、個別の会計・税務・法務上の助言ではありません。記載の数値は参照時点のものです。税制適格ストックオプションの要件への当てはめ判断は、税理士法人による個別の検討が必要です。

本レポートは公開情報をもとにした一般的な情報提供であり、個別の会計・税務・法務上の助言ではありません。記載の数値は参照時点のものです。

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